更年期のセルフケアを伝えている理由
このページは、サイトを運営している「ま〜さ」自身の話です。
少し長いですが、なぜこのサイトを作ったのか、その理由をここに残しておきます。
一
娘の成人式の日に
なんだかずっとだるい。疲れが抜けにくい。肌も気力も落ちてきた気がする。
50代になってからのそんな変化を、「もう年齢だから仕方ない」で片づけていませんか。
私も、ずっとそうでした。子育て、仕事、両親の闘病と在宅介護、自宅での看取り。毎日を回すことで精一杯で、自分の美容や健康はいつも後回しでした。
でも、娘の成人式の日に気づいたんです。晴れの日を迎えた娘の隣で笑っている私の写真が、一枚もなかったことに。本当は一緒に撮りたかった。でも「私はいいから」と、自分から避けてしまった。華やかな娘の隣に立つ自分に、自信が持てなかったからです。
その夜、鏡を見ながら思いました。このままじゃいけない、って。
若い頃の延長でなんとかなる時期は、もう過ぎていました。50代の体には、50代の整え方が必要だったんです。
二
両親の介護と看取りで知ったこと
父と母を在宅で介護し、最期を家で看送った経験は、私の考え方を大きく変えました。
母の介護は昼も夜もなく、きれいごとだけでは済まない日々でした。大きな声で名前を呼ばれて真夜中に起き、体の向きを変え、水を飲ませ、食事の介助をし、薬を飲ませる。怒鳴ってしまった夜も、投げ出したくなった日もありました。
入院中の父は、18度に設定された部屋の中で、体中に管をつけられていました。その父が、ぽつりと言ったんです。「帰りたい。」——私はその日のうちに手続きをして、往診の体制を整え、2日後に家に連れて帰りました。治療を受けることが本当に父にとって最善だったのか、いまでも考えることがあります。
父のときも、母のときも、医療に救われた場面はもちろんあります。だから医療を否定したいわけではありません。ただ、すべてを任せきりにするのではなく、家族として見て、感じて、考えて、納得できる形を探すことも大切だと感じました。
そして、ふたりを看送って深く残ったことがあります。
食べることは、生きること。
食べることが大好きだった父と母が、少しずつ食べられなくなっていく。食べられなくなると、そこから先はあまりにも早い。私はその現実を、目の前で見てきました。
人は、急に弱るように見えても、本当はその前から少しずつ崩れていることがあります。気づいたときには、できることが限られていることもあります。
だからこそ、元気なうちに。食べられるうちに。動けるうちに。日々どう食べるか、何を体に入れるか、どんな暮らし方をするかを軽く見てはいけないと感じています。
三
思い出した、「栄養で整える」という習慣
振り返れば、30代後半の頃。海外在住の知人から、栄養を補う習慣を教えてもらったことがありました。正直、最初は半信半疑でした。
変化に気づかせてくれたのは、娘でした。ある日、私の頬に触れて——「ママ、なにしたん?お肌すべすべ」。自分では気づかなかった変化に、娘のひとことで初めて気づいたんです。
それなのに、忙しさの中で、その習慣をいつしかやめてしまいました。
両親を看送り、あらためて自分の体と向き合い直したとき、思い出したのがこの習慣です。基本は毎日の食事。そのうえで、食事だけでは安定してとりにくい栄養を補う。50代のいま、この順番で整え直しています。
四
私が本当に変えたかったこと
私が本当に変えたかったのは、ただ若く見られることではありません。
娘と並んで笑って写真を撮れる自分でいたい。誘われたら、軽やかに出かけられる自分でいたい。この先も、できるだけ長く、自分の足で動いて、自分のことは自分でできる体でいたい。
介護する側になって、その現実を目の前で見たからこそ、私はそこを曖昧にしたくなくなりました。
次に写真を撮るとき、「私はいいから」って自分を諦めるんじゃなくて、「私はこれでいい」って笑顔でいられる自分でいたい。
そんな50代女性に、このサイトが届いたらうれしいです。
——ま〜さ
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。ここからは、あなたの体の話です。まずは、今のあなたに強く表れているサインを知るところから。
一緒に素敵に歳を重ねていきましょう。